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DATE: 2015/06/15(月)   CATEGORY: 活動報告
中国人強制連行 国賠訴訟をご支援ください
友人の皆さんへ:

いよいよ(大阪・花岡)中国人強制連行の国家賠償請求裁判がはじまります!!
皆さんのご支持、ご支援を心からお願いします

大阪・花岡 中国人強制連行 受難者の皆さんを迎えて
(国家賠償請求裁判・原告団)

 戦時中、大阪と花岡に強制連行された中国人被害者たちが日本政府に対する「国家賠償請求」提訴のため、原告団(約20名)が来阪されます。侵略戦争の史実を否定し、戦争そのものを美化して止まない今日の日本社会にあって、侵略の実相を知る上で、「中国人強制連行」は私たちにとって、決して忘れてはならない出来事です。被害者の声に是非とも耳を傾けてください。
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6/26(金)一日行動
1、午前10:00 提訴 (大阪地裁入口に9:30集合)
2、午前11:00 記者会見(裁判所内記者クラブ)
3、午後 1:00 中国メディア向け記者会見(弁護士会館)
4、午後 6:30(6:00開場)支援集会 会場:エルおおさか(南館)734号室
主催:中国人強制連行 受難者を支援する会(準)
℡ 080-5634-3553 E-Mail jo.mormen@gmail.com
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花岡(秋田)と大阪への中国人強制連行

 戦時中、日本は侵略戦争の拡大に伴って、国内で労働力が著しく欠乏しました。そこで約4万人に及ぶ中国の一般民衆や、国際法で禁じられている「捕虜」を日本の各地(135カ所)に強制連行し、過酷な奴隷労働を強いました。秋田県の花岡は強制連行、強制労働はその象徴の地と言えます。花岡では、劣悪な境遇と現場補導員による暴行などで、多くの中国人が殺され続けました。こうした虐待に堪えかねた中国人たちは遂に蜂起に立ち上がりました。世に言う「花岡事件」です。
 過酷な労働、劣悪な境遇、残虐な暴行による死者、更には蜂起後の弾圧によって、被連行者約1000人中の、実に半数近い486人が異境の地で無念の死を遂げたのです。
 私たちの地元である大阪でも、約1000人の中国人が強制連行され、港湾や造船所で過酷な労働を強いられました。この内、86人もの中国人が亡くなっています。
 異境の地(日本)で亡くなった人々は言うに及ばず、九死に一生を得て帰国できた人々も満身創痍で、多くが帰国後も苦難の人生が続いています。
 ある日突然“大黒柱”とも言える働き手を奪われた家族の境遇は更に酷いものでした。多くが家族離散の憂き目に遭い、幼子が餓死し、他の家族の多くも物乞いをしながら辛うじて生き長らえています。これが残された遺族・家族の大方の境遇でした。

 「中国人強制連行」関連では、受難者たちの闘いと、それを支援する日本の支援団体による奮闘によって、花岡をはじめ、実際に中国人たちを使役した幾つかの加害企業との間で「和解」が成立していますが、強制連行の元凶である日本政府(軍)は未だまったく裁かれていません。
 「大阪」に至っては、「加害企業」さえ明確に特定されていないのが実情です。大阪の受難者たちにとって、今回の「国賠訴訟」は自らの被害事実を公の場で訴えるはじめての機会と言えます。
 戦後70年を迎え、幸存者(当事者)のほとんどは恨みを抱えたまま、既に他界しています。しかし、彼ら幸存者の思いと闘いを引き継ぐ遺族、家族がいます。今回の国賠訴訟を担うのは、主にこうした次世代の人々です(幸存者自身も含む)。
 彼(彼女)たちは無念の死を遂げた父や祖父たちの意志を継ぐばかりではなく、強制連行によって生じた家族と自身の痛苦の歴史を明らかにし、日本政府にその責任を追及すべく立ち上がり、今回の来日と提訴に至ったのです。
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